2008年6月7日土曜日

クラウスーラ2008 第18節 vsバンフィエルド(H)結果


3-2。
フットボールで一番面白いとされるスコアで、今日は勝利しました。
ベルヘッシオのトリプレーテです。
(2点目はパティーニョのOGの可能性も)
後で書きますが、訳あって試合については簡単に済ませます。

18分:ゴンサーレスのクロスにベルヘッシオが合わせて先制。
24分:ゴンサーレスのクロスにベルヘッシオが合わせて追加点。
   (もしくはパティーニョのOG)
33分:シベーリのゴールで1点返される。
54分:シタニーチのPKで同点に。
62分:名手ゴンサーレスがPKを止められる。
73分:ロメーオのシュートがGKにはじかれるもベルヘッシオがゲット。

という流れで勝ちました。
この結果、今年後半に行われるスダメリカーナ出場が確定です。

次節はいよいよ最終節。
AWAYでヒムナシア(J)と対戦ですが、代表のW杯南米予選があるため、2週間後に戦います。

で、試合内容を細かく書く気にならない理由ですが、ここ2,3ヶ月の間に5人の友人・知人に起こったことで、ついに「私の番が来た」ということです。

今日は、いつも車で一緒に行っているオッサンが友人のお誕生日会で欠席。
私はというと、アルゼンチンサッカーを観に2週間前にブエノスにやってきた、HACHANを試合にお連れすることになっていました。

彼女は行動力がある女性で、昨日はバスと電車を乗り継ぎサランディまでアルセナルとヒムナシア(LP)の試合を観に行ったつわものです。
ですので、普通なら一人でどんどん観戦に行けちゃうくらいですが、サン・ロレンソのカンチャはスラム街に面しており、近郊にある彼女の宿からは道を選んで行かなければなりません。
ということで、よく知っているはずの私がお供することになりました。

とはいえ、カンチャから少し離れると、普段用事がないこの辺のことはよく分かりません。
結果として、私は誤った道を選んでしまいました。
これ以上進んだらまずいかなと思った時、人生で初の強盗に遭遇です。

相手は5人組で、特に刃物や銃のようなものは持っていませんでした。
しかし完全AWAYであり、「強盗に遭ったら抵抗するな」は鉄則です。
私と同じくらいの体格の奴ひとりが私の方に、残りの4人はHACHANを襲いました。

盗られたものは、HACHANが2万円くらいしたPUMAのジャケットに現金約50ペソ(約1,700円)、私はジーンズメイトで買った8,000円くらいのジャケットに現金104ペソ(約3,500円)と約24,000円の携帯。
ついでに、12月分まで払ったソシオの会費の領収書と、今週出来たばかりのペーニャの名刺も渡しちゃいました。
この名刺は75ペソ(約2,600円)で200枚作ってまだ180枚くらい残っていますが、もうゴミです。
盗られた携帯の番号が書いてありますので。。。
(同じ番号で携帯を買い直すのはたぶんムリ)

宿からカンチャまで、地域的に危ないのはどうしようもありません。
しかし道によっては比較的安全に行けるのです。
私が同行せずに1人で行っていたら、彼女は何事もなく試合を楽しめたのではないかと思うと、悔しさが込み上げてきます。
HACHAN,ゴメンナサイ!

カンチャに着くといつもの仲間がいます。
中には初対面なのに、話を聞いて親身になってくれた人もいます。
「寒いだろ、コーヒー奢ってやるから飲め」とか、「帰りの交通費がないなら俺が出してやる」とか・・・。
彼らのやさしさには本当に癒されました。

さらにうれしいことに、試合後HACHANは、「サン・ロレンソのソシアになる!」と断言。
明後日の月曜日に、一緒に事務所に行って手続きします。
中心街にあるので、今度は私が同行しても大丈夫!

ちくしょー、絞められた首が痛いぜ。

     <対戦表>
順位表は18節の全試合終了後に掲載します。

2008年6月6日金曜日

クラウスーラ2008 第18節 vsバンフィエルド(H)直前情報

明晩、HOMEにバンフィエルドを迎えます。

日  時:6月7日21時10分(日本時間翌9時10分)
カンチャ:ヌエーボ・ガソーメトロ
主  審:ピターナ
節前順位:サン・ロレンソ4位(勝ち点31) バンフィエルド10位(同22)
通算成績:サン・ロレンソの32勝21分23敗(122得点99失点)
直近結果:バンフィエルド 1-0 サン・ロレンソ(アペルトゥーラ2007第18節)

予想スタメンは以下の通りです。
GK:オリオーン
DF:ゴンサーレス
DF:トゥーラ
DF:ボティネーリ
DF:プラセンテ
MF:リベーロ
MF:J.M.トーレス
MF:ヒルシーグ
MF:ダレッサンドロ
FW:ベルヘッシオ
FW:ロメーオ

監督が代わり、オリオーン、ボティネーリ、ロメーオが戻ってきます。
ベンチ入りは、シャンパーン、ビアンチ・アルセ、アセベード、メンセゲース、チャベス、シルベーラ+1です。
アウレリアーノ・トーレスがパラグアイ代表に招集され不在。
アギーレは出ずっぱりのためか、ベンチ入りもなし。
メンセゲースは左脚の張りを訴えており、場合によってはベンチから外れます。
代理監督のバティスタは下部組織の監督ですので、ユースの登用もあるかもしれません。

対バンフィエルドでは通算成績で勝ち越しているものの、圧倒的な差をつけられずにいます。
1982年にサン・ロレンソが唯一経験した2部で対戦した時も2連敗。
そのシーズン、シクロンに黒星2つ付けたのはタラードロだけでした。
ただHOMEでは、このブエノス・アイレス南部の雄に現在6連勝中。
最後に負けたのは12年前になります。

主審のピターナは、昨期終了時点で1部での実績が9試合しかない新しい審判です。
過去にアスルグラーナの試合を担当したことがあったか記憶にありませんが、その9試合ではHOMEチームの6勝2分1敗と、いいデータを残しています。

今年のスダメリカーナ出場確定まであと1ポイントです。
順位表を見ただけでは2ポイント必要そうですが、同じく出場を狙うべレスとCAIが今節対戦しますので、計算したら1ポイントだけでした。
こちらはもう大丈夫でしょう。

しかし、さらに重要な来年のリベルタドーレス出場もあります。
来期のリーグで優勝するか、優勝チームを除いたベスト2に入らなければなりませんので、これから先も1ポイントと言わず、できるだけ多くの勝ち点を上積みする必要があります。

最後の2試合を勝利で締めくくれ!

2008年6月5日木曜日

CUERVOS DE JAPON - 日本ペーニャ -

ロゴ

EN JAPON


AKITA: Naoko
CHIBA: Tadashi
TOKIO: Arikui, Hiroki, Masaki
KANAGAWA: Diego, Keiko, Toku, Hirotaka, Sato
YAMANASHI: Noboru
SHIZUOKA: Koki
FUKUOKA: Tetsu

EN ARGENTINA


CABA: Germán, Lorenzo, Sergio S., Megumi, Ichiro
SAN MIGUEL: Sergio Y., Mary, Lucas, Jazmín, Jesica, Renata, Damián

Somos 25/25羽(actualizado el 13 de agosto del 2014/2014年8月13日現在)

<姉妹ペーニャス>
Barcelona
Madrid
Pamplona
Valencia
Zaragoza
Andorra
Australia
Brasil
Inglaterra
Israel
Italia
Puerto Rico
Ciudad Evita
Concordia
La Plata
Mar del Plata
Río Cuarto
San Juan
San Martín
Tandil
Wilde
Zona Norte

サン・ロレンソが主役!

リーグ終盤、優勝にも絡んでないのに連日メディアを騒がせているのは、うれしいやら悲しいやら。。。
今日のトピックです。

ボティネーリとラモン
今期途中からアギーレにレギュラーポジションを譲ったボティネーリも、ラモンと対立していた1人でした。
彼の話によるとこうです。

「監督と選手たちの確執は最近発覚したとはいえ、今期の始めからあった」

「オリオーンが生贄にされたけど、その責任はたぶん僕たち全員にある」

「ラモンの退団でチームの雰囲気は若干良くなっている」

ペラードが去り、再びスタメンの地位を取り戻すチャンスがめぐってきたボティ。
しかしそうなっても、後期終了後に海外へ移籍することを模索しているそうです。
今期は低調で、大事な試合で愚行も犯しました。
評価を下げましたが、その分価格も下げたはずなので、買い手は付くかもしれません。

さよならエミリアーノ
ラモンの長男エミリアーノは、コパでの敗退前から弟マイケルと共に今期限りでチームを去ることを決めていたそうです。
「ラモンと選手たちが対立した原因は君の存在にあるのか?」の問いには、「僕を絡めて語られてるけど、本当にあった問題は違う」と答えています。
「意見の違い・確執は選手間にもあった。30人のチームメイト全員と仲よくすることなんて誰だって出来ないよ。僕と親しくしてる選手もいるし、そうじゃない選手もいる。監督の息子だからという理由で、僕に責任を押し付けるのは簡単なことだ」と。


彼は今、別の国内クラブでの現役続行を希望しています。
サン・ロレンソでは活躍できませんでしたが、「もし僕が監督"ラモン・ディアス"の息子じゃなければ、『継続してプレイする機会がなかったから』と言ってもらえたはずだ。僕は単なる1人の選手として見てもらえなかった・・・」という苦悩もあったそうです。

「今度は父親の庇護なしでがんばる」と言うエミリアーノ。
プリメーラAは正直厳しい。
しかしその下なら十分にやっていけるはずです。
新しいチームでの活躍を期待しましょう。

その前に、とりあえず洗車しろよ!

復帰と離脱
入退院が続きます。
チームが失速した原因は、第一に監督と選手たちの確執を含む内紛にありましたが、それと同じくらい影響が大きかったのがメンデスの不在。
リベルタ決勝トーナメント1回戦2nd.レグでラダメール・ガルシーアに右膝を壊されたガジェーゴは、およそ1ヶ月間スタンドから戦況を見守ることを強いられました。
ようやく復帰にこぎつけたディフェンスリーダーは、昨日からボールを使った練習を開始。
会長のサビーノは彼の残留意思を確認済みで、パスの一部を買い取り2期目のレンタルに突入することになります。

また、同じく長期離脱中のビーロスも、近日中にドクターからゴーサインをもらえる予定です。
ケガが絶えないフラーコ、今回は何日もつでしょうか?

一方、日曜日のオリンポ戦で出場直後に傷んだアルバラードは重傷でした。
左膝の前十字靭帯断裂及び半月板損傷で6ヶ月間戦列を離れる見込みです。
彼にはメキシコのプエブラが興味を示していましたが、こうなるとこの話もないですね。

サハはギリシャへ
ラモンに干され、クラブ首脳との関係も悪化していたチーノは、ギリシャリーグの強豪AEKアテネと基本合意に達し、現在、契約を結ぶためかの地に滞在しています。

形態はレンタルで、1年+2年オプションになる模様。
本人そして私たちインチャスも一安心です。

長いシーズン、良いこともあれば悪いこともあります。
だからサッカーは面白く、サン・ロレンソは応援のし甲斐があるクラブなんです!

2008年6月4日水曜日

ボエードと共に闘ったラモン・ディアスの521日

08後期17節を最後にサン・ロレンソを去ったラモンは、ボエードで521日間過ごしました。
彼がシクロンと共に残した数字を簡単にまとめます。


〇リーグ
・アペルトゥーラ2006 ラシン戦(A)延期分
 1戦1勝
 07後期中に行われた試合です。

・クラウスーラ2007
 19戦14勝3分2敗
 就任したシーズンでさっそく優勝。

・アペルトゥーラ2007
 19戦8勝5分6敗
 ラベッシ、レデースマの抜けた穴が大きく8位。

・クラウスーラ2008
 17戦10勝1分6敗
 開幕3連敗スタートから4位(退任時)までもってきました。

リーグ全体では56戦33勝9分14敗。
(ほぼ)3期を率いて1回優勝はさすがです。

〇コパ
・スダメリカーナ2007
 2戦1分1敗
 優勝したアルセナルと第1ラウンドで当たり敗退。

・リベルタドーレス2008
 10戦4勝4分2敗
 PK戦での敗戦は引き分けに含んでいます。
 準々決勝でPK戦の末シクロンを退けたリーガが、決勝トーナメント以後
 1勝4分1敗で決勝進出。
 悔しいなぁ。

コパ全体では12戦4勝5分3敗。
リベルタで久しぶりに決勝T進出を果たしたので、まぁ悪くはないです。

〇クラシコ
・対ボカ
 3戦2勝1敗
 ラモンが監督じゃなくてもボカにはいつも優位。

・対リーベル
 5戦1勝3分1敗(リーグ:3戦2分1敗、コパ:2戦1勝1分)
 古巣に対してリーグでは劣勢でしたが、コパで挽回しました。

・対インデペンディエンテ
 3戦2勝1敗
 昨期はAWAYで勝利し、優勝に突き進んでいたCAIをストップ。

・対ラシン
 4戦4勝
 HOMEで0-3をひっくり返した試合など、この間にラシンを息子に。

・ウラカン? 何それ?

クラシコ全体では17戦9勝5分3敗です。
3チームに勝ち越し2チームとタイなんて、すばらしい!

リーグとコパを合わせた公式戦トータルでは68戦37勝14分17敗。
ラモンが来るまでのここ数年、収めることができなかった良い成績です。
優秀な選手が揃っていたのは確かですが、彼がいたために来たり、残ったりした選手もいます。
そういった面でも功績は大きいですね。
いつの日か、ボエードにも戻ってきてくれるでしょう。

2008年6月3日火曜日

ラモン、最後の日

今朝の練習に現れたラモン・ディアスは、この時点でクラブを去ることを首脳陣及び選手たちに伝達。
プレス会見は行わず、そのまま車に乗って去っていきました。
実にあっさりとした最後です。

ペラードはクラウスーラ2007からサン・ロレンソの監督に就任。
そしてすぐさま優勝という結果を出しました。
出場できるカップ戦にはすべて出場を果たし、今年後半のスダメリカーナでも、あと1ポイント取れば自力で出場できるところまで導いています。
最後は揉めましたが、実績を残して去っていったのもまた事実です。
改めて言います。
ありがとう、ラモン!

最終2節は、4・5軍で監督を務めるノルベルト・バティスタが指揮をとる予定。
そして正式な後任監督は、依然ミゲール・アンゲル・ルッソが第一候補です。

ダレッサンドロも語る

今年いっぱいサン・ロレンソとの契約が残っているカベソン。
昨日ラジオ番組に出演して、自身のこと、チームのことについて語りました。


〇残留について
「今僕には大きな疑問符がついたままだ。だってこれから起こることを見ないといけないんだから。ラモンが去ることになり、誰が来るのか見ないといけない。今いる選手たちがどれだけ残るのかも。それがすごく大事だよ」

「サン・ロレンソはベストを尽くしたし、ここに残りたいと思ってる。ただ今後の状況を見守る必要があるんだ。僕はすぐにも移籍すると言われてるけど、それでは敬意を欠くことになるね」

「僕は自分の言葉に責任を持っている。ラファ(サビーノ)と話したし、サン・ロレンソが僕の獲得にどれだけ努力したかも知ってるよ」

〇新監督について
「もしペケルマンが来るなら状況は少し変わってくる。前に言ったでしょ、彼とは合わないし、それに招へいはないんじゃ・・・。僕はもう彼とは一緒にやれないと思う」

「"トロ"ガジェーゴだったら最高。ルーソとは面識がない(から何とも言えない)。アストラーダでも万事OK。彼とはチームメイトだったし、監督としての彼も評価されてるよね」

〇リベルタドーレスとクラウスーラについて
「コパで優勝したかったから皆傷ついてるよ。僕たちはコパとリーグを獲る体制が整っていた。威厳を保ったまま敗退したけど、実際のところ準々決勝で去ることになったんだ」

「リーグの方ももうほとんど可能性がないでしょ、首位から6ポイント差で2試合しか残されてないし」

〇ラモンと選手たちの確執について
「ラモンは僕にとって義理の父のような存在で、それはこれからも変わらない。僕がここに来た理由の一つは彼がいたからだよ」

「嘘をつくつもりはない、ラモンと選手たちの間に意見の相違があったのは事実。オリオーンの発言に対して僕は意見したくない、彼には彼の考えがあるんだし。僕にできることはただ傍観することだけさ」

昨日のダレッサンドロは比較的「優等生」のコメントを残しました。
ペケルマンについて以外はけっこう気を使っています。
ダレとペケを天秤に掛けたら・・・、やっぱりダレかな。

2008年6月2日月曜日

カラスたち en saldungaray, fotos y movies

日曜日に行われる試合に向けて1日早い土曜日に出発したのは、途中にあるサルドゥンガライを訪れるためでした。
サルドゥンガライはバイーア・ブランカの100kmほど手前に位置する人口約1,400人の小さな村ですが、別荘地として人気があるそうです。

私たち日本ペーニャの姉貴的存在であるシウダ・エビータのペーニャ(以下、"PCE")の会長ダニ・ビジャルバもそこに別荘を構える1人で、この週末はPCEにビジャ・セリーナと日本(といってもセルヒオはサン・ミゲールのペーニャと一緒にバイーア入りしたので私だけ)、その他個人参加も含めて総勢20羽のカラスたちが集合しました。

バイーアではほとんど撮りませんでしたので、ここでの出来事をメインにご紹介します。

     いまだ政府と対立を続ける農村の人たち。
     往路では彼らの道路封鎖に2回遭いました。
     1~数時間おきに解除してくれますが、私たちはタイミング
     よく到着し、いずれも10分ほどで通れています。

     市とか町とか村とか、細かい行政区分はよく分かりません。
     サルドゥンガライまであと少し、シエラ・デ・ラ・ベンターナ
     というところです。

     ラフェレーレのルーカスの横断幕。
     今回は試合も兼ねていますが、普通の観光でも断幕を
     持参して記念撮影というのがアルヘン流です。
     恥ずかしながら、私は持っていくのを忘れてしまいまして。。。

     サルドゥンガライに到着。
     地元クラブのクルーブ・ポルテーニョ・サルドゥンガライ
     (以下、"CPS")を訪問しました。

     子どもたちの練習試合。
     どんな試合でも、金網があれば横断幕を張りたくなります。

     将来有望なキッズ。
     未来のマタドーレスです。

     PCEは、メンバーで資金を出し合ってCPSに用具提供など
     の援助を行っています。

     夕方、会長ダニの家には入りきらないので全員ホテルへ。
     中央の女性がここを経営するロミーナです。
     オリンポのライバルであるビジャ・ミトレとリーベルのイン
     チャと言われたものの、お構いなしにうちのペナントを贈
     呈しました。
     ラフェレーレのルーカスはジョッキ片手にニッコリ。
     私と同室だった彼は地元のラフェレーレでプレイしていま
     したが、主審を殴って2年間出場停止、その結果クビにな
     ったんだそうです。
     今は靴職人とタトゥー職人で、2足のわらじを履いています。


夜はCPS主催の晩餐会に参加予定。
それまでやることがないので、ホテルのバーでひたすら
飲みます。
GILDAの"NO ME ARREPIENTO DE ESTE AMOR"でウラカンをバカ
にしながら。

     向かって左が"ネグロ"ことPCE副会長のダニ・グティエレス。
     この時はいい感じに酔っ払っていましたが。。。


CPSでアサード。
CPSの方たちが揃う前に、私を含め大半のカラスは出来
上がっています。
途中で映るアジア系の男性は、中国系アルゼンチン人
でネグロの義兄マルコスです。
彼はビジャ・セリーナのタマちゃんことタマリータに恋を
していて、みんなからずっとからかわれていました(笑)
彼女も最初の方で画面向かって右に映っています。
会の中盤、PCE会長ダニが日本ペーニャのペナントを
もって前方に登場。
嫌な予感が当たり、「こっちにきてCPS会長に渡せ」と
言われました。
泥酔状態の中スピーチすることになった私は、何を
しゃべったかまったく覚えていません。
こういう時にセルヒオがいれば。。。

この後はホテルに戻り、元気のある人は飲みを続行しました。
クラブやディスコの類がないこの村では、ホテルの食堂がその代わりを担っています。
私は部屋に戻って即就寝したので写真も動画もありません。
翌朝、「かわいい娘がいっぱい来た」や「ネグロが大暴れした」と聞きました。
残念です。

     翌日昼。
     会長ダニの別荘で談笑しながら時間潰しです。

     そして午後、いよいよバイーアへ。
     先頭車両の運転手が会長ダニです。
     小さなフラッグを後部座席の窓に挟み、風になびかせて
     行くのがお決まり。

     おまけにオリンポのカンチャ。
     ここも"メテゴール"です。
     バックスタンドではなく、メインスタンドを撮っています。
     場内放送で「エスタディオ・・・にようこそ」と言われた際
     至るところで失笑が起こり、「どこが"エスタディオ"だ!」
     の声が聞こえました。

今回"も"、試合結果以外は大満足。
遠征はいつ行っても楽しいものです。
しかし今日計算したら、ここ1ヶ月は稼いだ金額の倍の出費が。。。
最終節のフフイには行けるだろうか???

それから今日ハポンに帰国するNさんへ。
セルヒオが2週間掛かってマクシを探し出し、昨日お預かりしてたFC東京のユニフォームを渡すことができました。
たいへん喜んでいたことをご報告致します。
彼はラ・ブテレールではなく、エル・マスティルの人だそうですよ。

クラウスーラ2008 第17節 vsオリンポ(A)結果


3-2。
フットボールで一番面白いとされるスコアも、しかし2-3の負けでは意味がありません。

この試合の前にリーベルが勝ち、ピンチャが引き分け。
優勝するには他力に頼らざるを得ないサン・ロレンソは、この時点で若干諦めの気持ちが生じたのか、覇気のないプレイに終始しました。
一方崖っぷちのオリンポは気合いのこもったプレイでシクロンを上回り、勝利に値する試合をしています。

先制点はボエードのチーム。
前半終了間際、アスルグラーナの選手でありながらレンタルでアウリネグロのゴールマウスを守る"ネグロ"ラミーレスのGKをセンターサークル付近でアギーレがクリアすると、ボールはベルヘッシオにつながりサイドからクロス、それにペナルティエリア中央で待つシルベーラが合わせました。

しかし、このゴールに勢いづくかと思われた後半も波に乗ることができず。
48分、50分に立て続けに失点を喫します。
2点とも元リーベル他のバラードのゴールで、1点目はエリア外からのシュートがアギーレに当って軌道が変わり、シャンパーン(シャンパーニュでもいいですが、シャンパーンという人の方が多いので今日から表記を変えます)の手が及ばない位置へ。
2点目は、この元リーベルが同じく元リーベルのプラセンテからボールを奪いそのまま美しいループシュート。
どちらもゴラーソでした。

この後66分、グダグダ感を漂わせながらもいったんは同点に追いつきます。
ダレッサンドロのCKをアギーレがファーで折り返し、ニアでフリーだったシルベーラが決めました。
「サッカーは好きではない、仕事だからやっている」と常々口にしているクキは、試合中最もやる気が感じられない選手ですが、やる時にはやる男です。

「優勝」と「残留」という目的の前に引き分けでは両チームにとって不十分、どちらも急ぎ試合はスピーディに進みます。
しかしここで、サン・ロレンソには誤算が生じました。
ラモンが切った3枚目のカードで77分に入ったアルバラードが直後に負傷。
残されたおよそ10分を1人少ない状況で戦うことに。
オリンポ優位のまま進んだ試合は後半ロスタイム、FKからシャンパーンのまずい飛び出しもあり致命的な決勝点を奪われました。

この結果、2試合を残して単独首位のリーベルから6ポイント差に。
計算上はまだ優勝の可能性がありますが、現実的にはほぼ無理という状況で、これからラモンは、2試合を残してチームを去ることをサビーノと話し合います。

この試合にも当然インチャーダがやってきましたが、応援は自粛しました。
単に最近のゴタゴタを非難する意図があったのか、あるいは誰かに頼まれて(お金を積まれて)。。。
通常ないことですので、いろいろと噂が飛び交っています。

なお、遠征メンバーから外れ自宅に留まったオリオーンは、愛するミッドランド(プリメーラD=5部)の試合を観戦しました。

次節は土曜日夜、HOMEでバンフィエルドと対戦です。

     <対戦表>

     <08後期リーグ順位表>

     <07/08シーズン順位表(上位のみ)>

〇スダメリカーナ2008への道!
・今期終了時に確定。
・アルゼンチンからは7チームが出場。
・昨年の勝者アルセナルはディフェンディング・チャンピオン枠で
 出場が確定。
・ボカ、リーベルはCONMEBOLの招待で出場が確定。
・残りはアルセナル、ボカ、リーベルを除いた成績上位4チームが
 出場。
・成績は07/08シーズン(07前期+08後期)トータルの勝ち点・得失点差等
 により確定。(上表)
・前期及び後期優勝による出場権獲得はなし。
 (但し上位4チームに入る場合多し)

〇リベルタドーレス2009への道!
例年ではスダメリカーナと同様に後期終了時点で確定していましたが、2009年大会は前々年の前期リーグ(=その年の後半)の勝者が出場権を獲得する現状を是正するため選考方法が変更されています。
(効果が出るのは2010年大会から)

・08前期終了時に確定。
・アルゼンチンからは最少5、最大6チームが出場。
・07前期勝者のラヌースは出場が確定。
・残りは08後期勝者と08前期勝者及び優勝チームを除いた成績上位
 2チームが出場。
・成績は3期(07前期+08後期+08前期)トータルにおける1試合当たり
 平均獲得勝ち点(総勝ち点/総試合数)により確定。
・成績2位のチームは予備選から出場。
・ディフェンディング・チャンピオン枠があり、今年の勝者がアルゼンチン
 のチームだった場合は、そのチームも出場。
・その場合、成績1位のチームも予備選から出場。
・1つのチームが複数のタイトルを獲得した場合、成績3位以下も出場権
 獲得。
・その場合、予備選に回る順位も繰り下げ。

2010年大会には09後期勝者と09前期勝者及び成績上位3チームが出場することになると思いますが、リーグの1年は引き続き年またぎで、降格・昇格もそれに合わせて決定されるため、出場権獲得の順位決めでは「1試合当たり平均獲得勝ち点」方式が踏襲されるものと思われます。