2010年9月16日木曜日

サビーノ、敗れる!

アペルトゥーラ2010第6節HOMEベレス戦。
ピッチで引き分け、場外で勝ち、会議室で負ける。
1勝1分1敗。


今日のオレ紙によると、安全当局がベレスにのみ科した「AWAY2試合無観客」を早々に解除したそうです。
覆すことになった理由は、「経済的な制裁を与えるべきとの結論に至った」とのこと。
しかしその代わりとなる「経済的制裁」とやらはまだ何も発表されていません。

このベレス・サルスフィエルドというクラブ。
90年代に入るまで、ナシオナル1968という国内タイトルをわずか一つ獲ったことがあるだけのアリンコのような存在でした。
それがクラウスーラ1993で優勝してから急成長、リベルタドーレス1994では決勝トーナメント1回戦、準決勝、決勝をPK戦で制してコパを獲得、同年東京でミランに勝利。
以後も複数のタイトルを獲得しています。

しかしその存在感の無さは相変わらず。
どんなに勝利を重ねても、一朝一夕には大きくなれないもの。
自己だけではなく他者からもグランデとして評価されたいという願望は、その小ささに反比例して巨大化し、クラブ総出で理想実現のための活動を開始しました。

とはいえ、できることは限られており、グランデスのインチャスを刺激してライヴァル心を煽ることくらいしかありません。
それにより多少のヴァイオレンスが発生しても、結果としてメディアでの露出が多くなり、象のような存在から一人前として認められ、肩を並べられればよいという計算。

インテルコンティネンタルでボカが敗れた後にホセ・アマルフィターニで行われた当該チームとの対戦では、試合前カンチャの大画面に泣きじゃくるパレルモの姿を映し、サン・ロレンソとの試合前には、何の記念日でもないのにコパを掲げる元選手ロベルト・ポンペーイ(昨期終盤セネイセで代理監督を務めた人、ケメーロとして有名)を用意、ガキンチョどもがピッチで踊るムルガの中に「俺は行った」と書かれた日の丸を持たせる等々。

次第にフォルティンは、ビッグ5からかなり遠いところで6番手のポジションをピンチャやカナージャ等と争っているグローボなら蹴落とすことは可能だと考え、代わりにシクロンのライヴァルの座に収まろうと試みてきました。
2002年から2005年までCAVSの会長を務めたラウール・ガメスはCASLAを挑発する理由として、「クラシコの関係になりから」と語っています。

ボエードとは、未だに犯人が捕まっていないエマヌエル・アルバレス殺人事件等もあり、お互いの敵対心は徐々にエスカレート。
リニエールス首脳陣の目論見は想定内の?犠牲を払いながらも、一定の成果を収めていると言えるか。

何でもありのアルゼンチンです。
しかし一線が引かれているのも事実。
クラブがライヴァルを卑下するポスターを街中に貼ったり公式サイトでバカにしたりすること、インチャスによる同行為、試合中のおちょくりソングや同横断幕は、「フッボルにおけるフォルクローレ」と解されています。(人種差別的な歌の場合は審判が試合を止めることもあり、刺激的な幕は本来持ち込み禁止ですが)
しかしカンチャでクラブが主導的にそのようなことを行えば話は別。
「暴力を誘発する危険な行為」として処罰の対象になります。

"CLUB ATLETICO VISITANTE SIEMPRE(常にAWAY状態のアスレティック・クラブ)"は、現在プリメーラを戦う20クラブ中数少ない健全経営されている4クラブの一つです。
経済力=政治力なんですね。。。