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2013年3月19日火曜日

PAPA SAN LORENZO

上下関係を「父と子」で表現するアルゼンチン。


大文字なのでアクセント記号が省略されていますが、"Papa(パーパ)"=「ローマ法王」、"Papá(パパー)"=「お父ちゃん」で↑の場合は後者。

2012年12月13日木曜日

何の日?

12並びの昨日はジュニアにとって自称"インチャ"の日。


ブエノス・アイレスのオベリスコにアスール・イ・ミエルダな奴らが集合。
あまりにもみすぼらしい自身のラ・ボカ地区にはカンチャ以外の聖地を持っておらず、他地区内にある市のシンボルを他クラブのインチャスと共有せざるを得ないのがまず可哀想。
パパであるアスルグラーナには、ボエード地区内にタンゴにも歌われる「サン・フアン大通りとボエード大通りがぶつかる交差点」という最高の場所あり。
さらに、集まったブタさんたちはたったの2.5万匹。
同種の日にその6倍の15万羽を集めたと言う仇敵のニワトリさんたちに嘲笑されてしまい何とも不憫。

とはいえ同情ばかりしていられません。
近くの商店に押し入っては略奪、強盗、破壊の限りを尽くし、お友達である市警トップに辞意を表明させる事態に。
応援歌の盗用を広い心で許してきた我々カラスたちも、さすがに商品にまで手を出すとは思っていませんでした。(いや、思っていました)

スダメリカーナ決勝サン・パウロ対ティーグレ第2戦での不祥事に話題を持っていかれ霞んでしまったイベント。
持ち前のクズっぷりが目立たなくなり逆に救われた?
何のことはなく、ただの"バーラ・ブラーバ"の日でしたね。

サン・ロレンソのインチャの日は11月30日。
2000年の同日、愛するクラブがあの有名なスポーツ・マーケティング会社ISLに売られかけられました。
しかし今にも契約書にサインというところでクエルボスが阻止。
話は御破算に。
以来、この日が"本物"のインチャの日になっています。

2011年9月7日水曜日

寒波注意報

めっきり春めいてきたブエノス・アイレスではありますが・・・


エル・モヌメンタル5試合使用禁止処分を受けているリーベルが、残す4試合をサン・ロレンソのエル・ヌエーボ・ガソーメトロで戦うことになりました。

1試合目は同一カテゴリーでしのぎを削るウラカンのエル・パラーシオ(ほとんど聞かないですね、このニックネーム)で消化したガジーナス。
その際ケメーロスに請求された使用料が23.5万ペソ(約470万円)と法外だったことから"移転"を検討。
新たにクエルボスと10万ペソ(約200万円)/試合という半額以下の料金で合意に達しています。

1部と2部のスケジュールを見比べてみたところ、CASLAとCARPのHOME試合はうまいことずれており、日程で影響を受けることはなさそうです。
あちらのゲーム日はチーム練習からソシオたちの活動まで制限されることになりますが、金欠の今こうした臨時収入もありがたく頂戴しなければ。

制裁内容には、今週土曜日の1試合目(処分通算2試合目)まで無観客、以後の3試合はソシオスのみ入場可能というのが含まれています。
しかし、人がいてもいなくても応援が寒いのは確実。
青赤の灼熱と赤白の極寒が隔週で訪れますので、近隣住民は体調に十分気を付けなければなりませんね。

2011年8月3日水曜日

YAMAHA superó a Motomel

コパ・スルガバンク2011。
生で見るつもりが、朝起きた時にはもうPK戦に突入するところで。。。


人としてのスペックがあまりにも低いことから寝坊して90分見逃したし、アスルグラーナとロホはお互いに一番どーでもいいクラシコなので、"YAMAHA RACING TEAM"と化したブランキセレステのインチャスのようには大騒ぎしませんが、せっかくの日本絡みなのでちょっとだけ。

フットボール。
人としてのスペックがお世辞にも高いとは言えないアルヘンティーノスがお上手にできる数少ないこと。
昨今はそれすらも怪しくなってきましたが、「日本の"JUBILADOS(年金受給者)"ごときに負けるはずがない」と、地震に揺られても自信の方は揺るぎなく、完全に磐田をなめていました。
まったく、インデペンディエンテごときがねぇ。

画像は「カップ戦キングが年金生活に入った!」というおちょくり。
"júbilo"に「年金」の意味はないようですが、それ絡みの言葉(jubilación[名詞]、jubilarse[動詞]等)とおそらく語源はいっしょ。
"フビロ"自体がほとんど使われないワードということもあり(ポル語の"ジュビロ"とか他のスペ語圏の使用状況は知りませんよ!!)、このように結び付けられました。

ちなみに今日、大統領選挙を控えるクリスティーナが「支給額を16.82%アップします!!!」と力強く宣言しています。
絶妙なタイミングですね。

2010年6月20日日曜日

FELIZ DIA DEL PADRE!

父の日。


おめでとう、PAPA CUERVO!!!

2010年3月26日金曜日

続々・12番目の選手

ピッチで敗れた者は勝負の場をスタンドに移して対抗する。
これ鉄則。


昨日のスーペルクラシコで完敗したガシ~ナス。
それを予め想定していたのか、本当は前々から準備できていたであろう↑の爆弾を、敗戦翌日の今日、反撃材料として出してきました。
というヘタレなところを差し引いても、これは相当重いカウンターパンチ。
宿敵に勝利したボッテ~ロスがどんな"おちょくりポスター"を繰り出してきたとしても、全てかすんでしまいます。
ま、ニュートラルなクエルボスは外野でただ楽しむのみです(笑)

海外から過大評価され、その"温さ"がばれないようスピーカーに頼るという禁じ手を使ってしまったラ・ドーセ。
自チームの選手たちからも"寒い"と言われ、同じくスピーカーが必要なのではないかと感じさせるロス・ボラーチョス。

良い時も悪い時も地声で"熱く"応援するラ・グロリオーサは思う、「奴らの"勝負"はいつも低レベルなエンパーテ」だと。

※上の動画は人様のものなので、消えちゃう可能性があります。

2010年2月26日金曜日

続・12番目の選手

"お前は恥知らず...."
"応援にスピーカーは不要だぜ!!"


ここで、「12番目の選手たちの場合、まだ音を拾うマイク的なものが見つかっていないので、現状は『推定無罪』です」と書きましたが、証拠が上がりました。
これで立件→有罪に持ち込むことが可能に。

お前らも、がんばって生声で歌えよ!!
どうせ聞こえないだろうけど。

2009年5月5日火曜日

Hoy 5 de Mayo, Día del Niño en Japón

5月5日、こどもの日。
おめでとう息子たち!
















日曜日にパパが遊んであげるジュニアはその前の木曜日にウルグアイ旅行の予定がありましたが、1週間ずれたそうです。
ゆっくり休んでいらっしゃい。

2009年4月15日水曜日

Y Beles?

     La edición cuerva ya está.

     ¿Cuándo sale la fortinera?

2008年9月24日水曜日

12番目の選手

あれはシクロンがリベルタドーレスで勝ち進み、今よりもさらに調子ぶっこいていた5月の頃だったと思います。
セルヒオから、「これ面白いからブログに載せて」というメールとともに1枚の画像が送られてきたのは。


意味不明でしょうか?
私も最初はそうで、ラ・ドーセをおちょくったものだというのはすぐに解しましたが、どこが面白いところなのかは分からず。

西語の"PARLANTE"は英語の"SPEAKER"に当たる語です。
ゴール裏で座って話し込んでいるところが突っ込みどころなのか?
画像からは試合中だと確認できないし、試合前やハーフタイムならどのカンチャでも見られる光景。
だとすると、ちょっとずるいような。。。
そう思ってお蔵入りにしていました。


昨日、ふらりと入った各クラブのインチャスが集うBBSでこの画像を発見。
1枚目の画像をいじったもので、作者はリーベルのインチャです。
「ラ・ボンボネーラは鼓動せず、接続する!!!」
何のこっちゃですが、写っている"人間"から目を外してようやく気付きました、禁止マークの中に鎮座する音響機器の「スピーカー」に。

ボカのインチャは「それはスピーカーではなく、トランペット用の機材だ」とカウンターを繰り出します。
しかしコロンのインチャが「でも、近くにトランペット持ってる奴が写ってないぜ」とクロスカウンター。
続けてラシンのインチャが「うちの選手をブーイングするのに使いたいから、俺たちにも貸してくれよ」と攻撃に厚みを加え、最後はセントラルのインチャが「クラブカラーをぱくって、選手を強奪して、今度はスピーカーまで俺たちの真似?」という自虐レスでゴール(笑)


ということで、元祖はセントラルのインチャーダらしく、ライバルNOBのインチャーダは、毎回「スピーカー禁止」の横断幕を出しています。

インチャス、インチャーダスは地声で勝負が基本です。
したがって、スピーカーの存在がばれちゃうのは相当に恥ずかしいこと。。。


しかしボカは商品化にも成功。
"ラ・ドーセ"クオリティですか?

12番目の選手たちの場合、まだ音を拾うマイク的なものが見つかっていないので、現状は「推定無罪」です。
ただAWAYでは、トランペットが何の機材も介さずに素でいい音出してるのは事実だよね、ね!

2008年7月18日金曜日

続・ドブレ・カミセータ

6月18日のドブレ・カミセータで書いた、「ティーグレのインチャスにはリーベルのインチャでもある奴が多い」をネタにしたものが見つかりました。
30秒ほどで訳すのも簡単なので紹介します。



準備しろ・・・
今度の日曜日、お前は選択を迫られる・・・
リーベル側につくか?
それともティーグレ側につくか?

リーベル?
それともティーグレ?
C.A.T.(クルブ・アトレティコ・ティーグレ)
100%ドブレ・カミセータ


この作品は、ブエノス北部でティーグレと対立するプラテンセのインチャの手によるもののようです。
ボカとのドブレももちろんいるので、"CAT"のイニシャルから「"TIGRE(=トラ)"ではなくネコだ」とバカにされていたかつてのエンブレムには、"AZUL y MIERDA(=青とウ〇コ色)"も加えられています。

青赤+青〇の奴らは、対赤襷の場合、悩む必要なしですね(笑)

上の動画は人様のものなので、消えちゃう可能性があります。

2008年7月6日日曜日

Googleは正しい?

他チームおちょくりです。
検索サイトで入力を誤った際などに、「もしかして:〇〇〇」や「XXXではありませんか?」と、画面上で問われることがあると思います。
それを使ったおふざけですが、このような時にGoogleアルゼンチンでは、「おそらくこう書きたかったのでしょう:△△△」と出ます。


「寒い応援」

について調べたかった人が正しく検索にかけたところ、

おそらくこう書きたかったのでしょう:ロサリオ・セントラル

と表示された。

というネタです。

こうやって説明している段階でその面白さが全く伝わらないことは重々承知していますが、昨夜一人でウケてしまった私は、ちょっといじってアメリカ・デ・カリのバーラの友人に送ってみました。

コロンビアでは、リーグの決勝第2戦(アルゼンチンとはシステムが違います)が今日あって、ロホはAWAYで戦いますので、今のところ反応はありません。

上のイメージはサン・ロレンソ系のサイトから拾ってきましたが、作者はNOBの奴かもしれませんね。

2008年6月18日水曜日

ドブレ・カミセータ

訳すと、"ダブル・ユニフォーム"です。
アルゼンチンでは(おそらく他の国でも)、「国内に応援しているクラブが2つある」という人がけっこういます。
"ドブレ・カミセータ"は、そういう人のことを指す言葉です。

といっっても、「アベジャネーダの出身だから、インデペンディエンテとラシンが好きだ」という人には会ったことがありませんし、聞いたこともありません。
普通は2部以下を主戦場にしている地元のクラブ+国内ビッグクラブという組み合わせで、国内ビッグクラブ+海外ビッグクラブの場合はこれに当たらないというのが基本的な定義です。

例えば、ブエノス・アイレス北部のクラブであるティーグレのインチャスには、近郊のリーベルのファンでもある人がたくさんいると言われています。
ともに1部で戦っている現在は直接対決もありますが、どちらに肩入れするかはその人の自由。
対戦の際には心が葛藤する人も多いことでしょう。

私の友人・知人、出会った人等の中にもこれだけいます。

オール・ボーイスとインデペンディエンテ
アミーゴです。
「2チームが対戦することになったらどちらを応援するか?」の問いには、「俺はアル・ボーイスのゴール裏に行く」と断言しました。
彼はいつも"ALL"を"アル"と読みます。

アルマグロとリーベル
同じくアミーゴです。
「最終節でアルマグロとリーベルが対戦。アルマグロが勝てば1部残留で、リーベルが勝てば優勝、引き分け以下ではどちらも目的を達成できないという時、君はどちらを応援?」と聞いたところ、「そんな難しい質問するなよ!」と返されました(笑)

リーベルとアトランタ
同じくアミーゴ。
彼の場合はリーベル優先です。
一度アトランタの試合に連れて行かれたことがありますが、カンチャにはラシンのユニを着た人もいました。

ヒムナシア(フフイ)とリーベル
大家の家に出入りしている何でも屋さんのフフイ人。
直接対決では地元チームの側に立つそうです。
AWAYの試合でヒムナシアがブエノスに来た際にも、欠かさず応援に行っています。

ビジャ・ミトレとリーベル vs オリンポとボカ
この間のAWAYオリンポ戦の際に立ち寄ったサルドゥンガライの人たちです。
面白いことに、このようにはっきり分かれていました。
サンプル数が5人なので偶然かな。
逆の組み合わせもあると思います。

エストゥディアンテス(ブエノス・アイレス)もしくは(カセーロス)とボカ
サン・ロレンソのHOME試合に一緒に行っている友人の娘婿。
カセーロス出身・在住で地元のピンチャのソシオです。
そちらがメインですが、1部ではボカを応援しています。
「ラ・プラタのエストゥディアンテスは?」
「関係ない!」とのこと。

ボカとチャカリータ
たまたま乗ったタクシーの運転手です。
この2クラブのインチャスはかつて友好関係にあったらしいですが、今となっては犬猿の仲ですね。
チャカもそこそこ大きなクラブ。
この辺が"ドブレ・カミセータ"の限界か?

ロス・アンデスとボカ
面識はありませんが、聞いた話によるとロス・アンデスのバーラのリーダーは、ラ・ドーセのメンバーだ(った)そうです。

といったように、大半はボカ or リーベル+地元のクラブです。
サン・ロレンソでは、コレヒアーレスのエンブレムのタトゥーを入れている人をカンチャで見たことがある以外、これといって知りません。

結局のところ、「サン・ロレンソだけ」、「ボカだけ」、「リーベルだけ」という人に限れば、各クラブのインチャスの数はそんなに変わらないんじゃないか?
そんな気もします。

2008年6月13日金曜日

ボカとウラカン

ここでも時々登場するケメーロのキオスコおやじから聞いた話です。
正式発表されてるのか、少なくともメディアには出てるのか、確認するのも面倒なのでしてません。
まあ、どの道メディアで扱われてても、信憑性は同じく低いので別にいいでしょう。


ラ・ボンボネーラを改装中のボカは、しばらくウラカンのカンチャを使うことにしたそうです。
「トマース・アドルフォ・ドゥコーはキャパもあり、グローボの地元パルケ・パトリシオス地区はラ・ボカ地区からも近いので選ばれた」と、件のおやじは言ってます。

といっても、このカンチャも改修しない限り使えず、持ち主でさえアルヘンティノスのカンチャでHOME試合を行ってるくらい。
ではどうするのか?

「ウラカンはカンチャの使用料を免除する代わりに、ボカに改修費用を負担してもらう」

息子たちが仲良しでパパもうれしいです。
しかし、2ヶ月弱で終わるような我が家のリフォームを自費で出来ないとは、情けないぞケメーロ!

まだ今期は終了してませんが、代表のW杯予選で2週間試合がなく、書くことがありません。
今でさえこうなので、オフにはこんな感じのネタが増えるでしょう。

2008年5月5日月曜日

日本の烏がぁ地球の裏側でぇ同胞の"ボケンセ"にぃ出会ったぁー

「つーかさー、日本でやたら"ボケンセ"って言ってる奴いるじゃん。俺はそんな奴、ボカのインチャだと認めねぇー。」

ある日本人が言いました。

4年前の夏、たぶん1月の中頃だったと思います。
ブエノス・アイレスのサン・テルモ地区にあるバールで、日本人の友人Hに久しぶりに会いました。
彼はボカファンで当時アルゼンチン在住。
そしてその在住・滞在歴は、前年の4月から住み始め、日本とアルゼンチンを行ったり来たりしていた私のそれよりも断然長いものでした。

「ボカファン」という軽い表現は、彼には適当ではないかもしれません。
とにかく熱狂的な奴で、1か月前に日本で行われたコパ・インテルコンティネンタルのためだけに帰国していました。(私もこの時日本にいてミランを応援しにカンチャに行きましたが、彼とは別行動)
そんな彼がアルゼンチンに戻ってきて、そう言ったのです。

4月7日の「サン・ロレンソの輝かしいニックネームたち」でちょこっと書いたように、"サンロレンシスタ"とか"ラシンギスタ"、"ベレサーノ"、"リーベルプラテンセ"、そして"ボケンセ"など、アルゼンチンでは日常会話でほとんど使いません。
試しにYahoo! ARGENTINA(私はなぜかヤフーっ子)で「"私はボケンセです"」をスペイン語で検索した結果、出てきたのは100件以下。

彼がそういうことを踏まえて言っているのはすぐに分かりました。
そして私はこう返したと思います。

「やだねー、たまたま好きなチームの近くにいるからってそうやって偉そうに言うの。俺らはここに住んでるから分かるけど、日本にいたら分からないじゃん。そんなのさ、ここに住んでて"ボケンセ"とか言ってる奴に言ってやれよ。つっても他にいないか、"ボケンセ"が。」

ブエノス・アイレスに住んでいる日本人は変わった人が多いです、私も含めて。
何かにつけて反主流で、サッカーにおいてもヨーロッパにはてんで興味なし。
ここでは主流のボカに対しても、シンパシーを感じているのは仲間内で彼しかいませんでした。
(今はどうか分かりませんが、数年前まではインデペンディエンテが一番人気)

この点では逆に変わっていた、つまり普通だったといえる彼は、熱狂度では一番だったにもかかわらず、「お前は長いものに巻かれただけだ」とか「ミーハーだ」とか言われ、集まる度にからかわれていました。
ただ「ボカファン」だというだけで。

彼がそう発言した理由は何だったのか。
単に、いわれなき「ミーハー」のレッテルを剥がしたかったのか、「自分は違う」と言いたかったのか。
あるいはミラン-ボカ戦で何かあってのことだったのか、聞いたかもしれませんが覚えていません。
覚えているのは、結果としてその後、彼が仲間から"ボケンセ"と呼ばれるようになり、しばらくそれが続いたことです。
(彼も心得ているので本気で怒ったりはしません)
いずれにしろ、今回の話の中では彼は準主役でしかないので、その辺の理由は置いておきましょう。


「日本の方ですか?」

ある日本人が聞きました。

先週の土曜日、朝からリベルタのチケットを取りにカンチャに行って、落胆してセルヒオと昼食を取った後、仕事を片付けに一人で中心街に向かいました。
仕事自体はちょっとしたことだったのですぐに終了。
しかし夜一睡もしていなかった私はさすがに疲れて、カフェで一息つくことにしました。

すると、日本人らしい青年が先に席についていて、私に「日本人か」聞いてきました。
一人でボーとしようと思っていたところではある。
しかし、日本人の友人はすべて帰国してしまったので、最近ろくに日本語をしゃべっていない。
懐かしさもあって、青年の同意も得ずに同じテーブルに着きました。

簡単に自己紹介を済ませて聞いたところによると、彼はサラリーマンでゴールデンウィークを利用してスーペルクラシコを観に来たとのこと。

「"ボケンセ"なので、一度はスーペルクラシコを観ておかないと。」

「いやいや、一度と言わず何度も観に来てくださいよ。いっそのこと住んじゃったらどうですか。」

そう言う彼にそう答えながら、引っ掛かるものがありました。
もちろん「ボカのファンだ」ということにではありません。
好きなクラブは違えど、日本の短いヴァケーションにイタリアの「ミラノデルビー」ではなく、アルゼンチンの「スーペルクラシコ」を選んだ彼には好感すら持てます。
かつてサラリーマンだった私も、GWに同じようなことをしているのですから。(私の場合、通もミーハーも好まないサン・ロレンソ-ロス・アンデス戦でしたが。。。)

引っ掛かったのは、言うまでもなく"ボケンセ"という言葉にです。
あの日のHが頭をよぎりました。
(こう書くと、ちょっとやらしいですね)
しかし、「また先輩風を吹かせて」と、冗談口調とはいえ事あるごとにHに言っていた私は、"ボケンセ"の青年に先輩風を吹かせたくないと思いましたし、「俺は"ボケンセ"だ」とまったく言わないわけでもないので、とりあえず聞き流しました。

また彼は、「"ボケンセ"たるものこうあるべき」というものがあるのか、"リーベル"というところを最後まで"ガジーナ"で通しました。
これもいいでしょう。
そういう徹底した人がここにもたぶんいるでしょうし、第一、私は"ガジーナ"ではないので。

会話は続きます。
彼のボカへの愛も十二分に伝わってきます。
だからこそ、この青年には先輩Hの熱い思いを理解して欲しいとも思えてきます。
4回目か5回目の"ボケンセ"を聞いた時、私はついに決心しました。

「あーそうそう、"ボケンセ"って普段あんまり使わないんだよね」

「え、そうなんですか? じゃあ"セネイセ"っていうんですか?」

そう言う私にそう問い返す彼。
もう止まりません。
この際、シクロンの如く思いっきり先輩風を吹かせてやろうじゃないか。

「『自分はボカのインチャだ』と言いたいなら、『ソイ・デ・ボカ』でいいと思いますよ。」

「"ボケンセ"も"セネイセ"もメディアの人は普通に使うけど、形容詞として使われる方が多いね。どちらかというと、"ボケンセ"より"セネイセ"の方が頻度は高いかも。」

「"セネイセ"は、これは俺も最近気付いたんだけど、"シェネイセ"とか"ジェネイセ"って言う人もいるね。まぁ、"シェ"と"ジェ"は個人差があるだけだから。友達(=セルヒオ)に聞いたら、正式には"セネイセ"だけど、"シェネイセ"って発音する人も多いんだって。」

「マラドーナのアイドルはボチーニで、本当はインデペンディエンテのファンだったんだよね。最初はのし上がるためにボカファンになりすましただけだったんだけど、今じゃすっかりボカだね。」

「マクリもそう、あいつは本当はラシンファンだよ。政治家になる野望があってボカに近づいただけ。」

「ボンボネーラ周辺に土産物屋がいっぱいあるけど、あの辺では買わない方がいいよ。高いし、ユニなんてほとんどバッタモンだから。」

「この辺でも、とにかく土産物屋はバチばっか。オリジナルを売ってるところは数ヶ所しか知らないな。ユニを買うならスポーツショップにした方がいい。」 

エトセトラ、エトセトラ。。。

「こちらでツアーに申し込んだのでチケットの心配はない」と、青年は言っていました。
試合はつまらなかったらしいですが、少なくともボカが勝ちましたので、満足して帰国の途に就いたことでしょう。
そして嫌なことに何一つ遭遇していなければ、「また来たい」と思ったはずです。

国籍がどこだろうと、自分と同じチームのファンだと言えば、アルゼンチン人は必ず喜んでくれます。
「お前は俺たちの誇りだ」とまで言ってくれる人もいます。
日本人だからといって、気後れすることはありません。

彼はもう"ボケンセ"を卒業しました。
この話の主役で"サンロレンシスタ"の私が、代わりに卒業証書を渡しています(笑)
彼は本物のボカのインチャになったのです。
そういうことでいいか? H君よ!

2008年4月9日水曜日

2008年2月15日金曜日

東京にあるボステーロのレストラン

東京の駒場にコスタ・ラティーナという中南米料理のレストランがあります。
タレントのシェイラ*も頻繁に(かどうかは知りませんが、私も彼女が帰るところに1回も遭遇したことがあるほど)訪れるこの店は、ボッテーロのディエゴが経営しています。
日本ではなかなか味わえない料理を提供しているのに加え、サルサ教室なども開催しているので、本人もテレビや雑誌に出たりなんかしてかなり調子こいちゃってますが、ボカの店にもかかわらず清潔感のあるオシャレなお店です。
*彼女自身がテレビで公言していたので名前を伏せずに書きます。

彼と知り合ったのはおよそ1年前でした。
一時帰国した際に当時の仕事の取引先の人にここに連れて行ってもらったのがきっかけで、その後も日本にいる間はアルゼンチンリーグの放送(主にダイジェスト)を見に毎週のように通うようになったのです。

昨年のクラブW杯決勝の際、東京から横浜の我が家にやってきた彼を、私はカンチャまで送迎してあげました。
リーグ放送の終了でボカの試合をまったく見ておらず、チームの不調をよそに勝つ気満々だった彼を。
家でテレビ観戦だった私は、ミランが3-1とした時点から今日は何と言っておちょくってやろうかといろいろと考えていたものです。
が、帰りの車に乗ってくるなり、「今日は何も言うな!」と先手を打たれてしまいました。
私は比較的やさしい方なので、言われた通りそっとしておいてあげましたよ(笑)

年が明けて、アルゼンチンに戻る私に彼は、「ブエノスに住むお姉さんにパソコンを2台持っていってくれ」という無理難題を言ってきました。
私自身のためのパソコンがすでに1台あったにもかかわらずです。
パソコン3台となるとブエノスの空港で税関の詰問にあうことは明白で、到着前からあれこれ言い訳を考える羽目になりましたが、しかし着いてみるとフリーパスでした。
税関職員がストライキ中という幸運に恵まれたのです。
これはひとえに、私の日頃の行いが良かったからに他ならないでしょう。

空港にはお姉さん夫妻と娘さん2人が迎えにきてくれていましたが、年末に急転直下サマータイムが導入されたことなどまったく知らなかった私は、導入前の到着時間を連絡していたため、1時間余計に待たせてしまいました。
にもかかわらず、家まで高速を使って30分の道のりを送ってくれたうえ、高級ワインまで頂いちゃいました。
お姉さん、そしてご家族の皆さん、本当にありがとうございました!
(ワインの味などまったく判らない男なのにスミマセン)

ちなみに、お姉さんは美しい女性でディエゴと真逆のミジョナリアですが、血が繋がってるためディエゴに似ています。
きっとディエゴのことなんて知らなかったら、純粋に美人だなと思えたことでしょう。(相手は既婚者なので、どの道何も始まりませんが)
そういえば、似たようなことが10年以上前にスペインでもありました。
マドリーの地下鉄で会った娘がメチャクチャかわいかったんですが、バティストゥータにほんのり似てたんですよねぇ。。。(でも本当にかわいかったんですよ!)

話が逸れてしまいました。
ディエゴのことはこの辺にして、コスタ・ラティーナには他に(も)すばらしいスタッフがいますので、中でも仲良くしてくれてる2人をご紹介します。

エドウィンくん
コロンビアのカリ出身の彼はディエゴのよきパートナーで、昨年、翼くんという男の子が誕生しました。
日本在住が8年を越える彼は日本語も流暢で、サッカーの話などにも気軽に応じてくれます。
好きなチームはアメリカです。
もちろんメキシコのではなくカリのアメリカですが、メキシコが南米のカップ戦に出場するようになった今、アメリカといえばメキシコのアメリカですよね。(というと彼はものすごく怒ります)
アメリカ(カリ)は、カリ・カルテルがクラブに関与していた(いる?)ため、クリントン大統領の時代、麻薬組織のブラックリストにクラブ自身も載せられてしまったそうです。
そのためか、まっとうな商売のスポンサーが皆逃げてしまい、近年は不調が続いています。
今はW杯南米予選で好調な代表の話の方が乗ってくるかもしれませんね。

セラちゃん
沖縄に10年以上住み、「年末年始は家族が住んでいるドイツの『ぐすく』で過ごしたの!」というアメリカ人の彼女は、現在は東京の大学に通いながらここでバイトしています。
若干スペイン語を話し、弱冠はたちと若く、じゃっかん背が高くて奇麗です。(「じゃっかん」は「背が高く」のみに掛かります)
日本語も電話の応対ができるほど上手いですよ。
好きなスポーツはハードル(真顔で言ってたのでたぶん本当だと思います)で、サッカーにはあまり興味がないみたいですが、「かっこいい男の人がいっぱい出てるので試合はよく見る」とのこと。
「お気に入りの選手は?」「ベッカ~ム!」
あーそうですか。。。

ブログの趣旨とほとんど関係ない話になってしまいました。
頼まれもしないのに宣伝してあげるなんて、我ながら息子思いの良いお父さんだと思いますが、ディエゴとはサッカーでは相容れない関係なので、「このブログを見た!」や「カラスのsatoの紹介です!」では1円も安くならないと思います。(だろ、ディエゴ?)

アクセス等、詳しくはお店のサイトを見て下さい。
COSTA LATINA
奴は木曜が休みだったかな?

2008年2月14日木曜日

CLUB AMARGO IMPOTENTE

先日、といっても年始の挨拶の頃でしたのでだいぶ前ですが、数年前までブエノスに住んでいた大阪の「赤い悪友」からメールが来まして、「そちらのブログですが、冒頭の説明文で『リベルタドーレスカップを掲げた』とか、そういうmentira(嘘)やchiste(冗談)はやめてください!」、「そんなこと出来てたらとっくにCAIを抜いて3番手のクラブとして認知されてますよ(笑)」、「Oleやその他の扱いは3番手以上ですけど、単に富裕層にカラスが多くよく売れるからにすぎません!」とのご指摘を受けました。

アルゼンチン人が一生懸命ニホン語で書いた文章にケチをつけてくるなんて、さすがは「アルヘン1冷たい奴」と呼ばれるロホですが、「アメリカのコパ・リベルタドレスのカップを天高く上げた僕らサンロレンソファンは、クラブ・ワールドカップを優勝したいのだ。ここ日本でこの夢を・・・」とありますので、続く文章まで含めて読めば、夢であり目標、つまり仮定の話だと簡単に分かるはずです。
まったく、チームと一緒でいつも詰めが甘いんですね、赤は。

実はここまでは本人に返信済みで、「こういうhinchasのしょうもない罵り合いがアルゼンチンリーグ最大の魅力です」と彼もわかっているため、友情にヒビが入ることはないのですが、「そのうち、貝おちょくりネタも書きます、というか書かなきゃいけない、というかぜひ書きたい!ので、君のこともブログに載せますよ、お楽しみに!!」といっておいたので、今日載せることにしました。
彼は、「お好きにUPしてもらって結構、息子のブログなど2度と踏み入りませんので」といっていましたが、きっとこれも読んでいるでしょう。

21世紀の今、もはやシクロンが赤貝の後塵を拝することはまずありません。
こちらはカップ戦の常連ですし、あちらはREY DE COPAS(カップ戦キング)も今は昔、スダメリカーナにすら手が届きません。
国内タイトル数でロホに追いつき追い越すのは時間の問題で、直接対決も私が生きているうちには逆転できると確信している次第です。
いや待てよ、後者は難しいか、なぜなら・・・、あちらは近い将来Bに落ちて、対決がなくなってしまいますので(笑)

2008年1月10日木曜日

Ramón vení con el Ciclón, que en Yokohama...

...hijos nuestros dejaron olor!


Ya pasó casi un mes pero todavía huele... huele a bost...
Ramón, una de las ciudades donde viviste quiere que sople el Ciclón
y que se le quite el olor horrible!

ラモン、君がかつて住んだ横浜にサイクロンを吹かせてくれ!
俺たちの息子がひどい臭いを残してったんだ。。。